第8回・柳沢敦選手
このブログが開設されて一週間たちましたが、お蔭様で色々な方々から、ここを見つけてアクセスしていただき感激しております。本当に有難うございます。
これからも頑張りますので宜しくお願いいたします。
さて今回は、再起を目指して、今シーズンより慣れ親しんだ臙脂から紫にユニフォームを変えた柳沢敦選手を取り上げてみました。
柳沢敦(1977/5/27生まれ 富山一高→鹿島アントラーズ→伊・サンプドリア→伊・メッシーナ→鹿島復帰→京都サンガ)
かつては「釜本、カズの後に続く日本のエースになる男」の期待を一身に背負ったはずでした。しかし、今はサッカーファンやメディアから、(大変失礼ながらも)嘲笑の対象になってしまったのは非常に悲しい限り・・・。
その原因としては、持っている星から判断すると、穏やかでお人よしな反面、頑迷で一旦信じ込んだら、それを決して変えようとしない点、根気や向上心がやや不足する上に、「骨折り損のくたびれ儲け」ではないけれど、仕事のミスが普通の人よりも目立ちやすい傾向などがあげられるでしょう。
そして、「過去を大きく壊される」年であった1998年あたりから、「点を取ることが全てじゃない。1対1でも必ずしもシュートを打つ必要がない」を殊更に主張し、固執するようになったのは、その年を境に、自らの得点感覚が衰えていくのを、本人が自覚していたのではとも思います。
2007年は運勢最悪で、なおかつ仕事と地位の大きな変化を余儀なくされる運。それゆえに鹿島退団となってしまいました。今後現役を続けるにしても、文字通り細々とやるしかないかも。2008年は私生活でも離婚の危機が(これは2010年にも)・・・。
引退後は芸術・芸能関係の知り合いや飲み友達とかに、仕事を紹介してもらうとよさそうで、もしサッカーに関わるとしたら、福祉の領域、例えば「身障者サッカー」とかに携わるといいでしょう。
これからも頑張って欲しいですね。
↓ご愛読ありがとうございます!


これからも頑張りますので宜しくお願いいたします。
さて今回は、再起を目指して、今シーズンより慣れ親しんだ臙脂から紫にユニフォームを変えた柳沢敦選手を取り上げてみました。
柳沢敦(1977/5/27生まれ 富山一高→鹿島アントラーズ→伊・サンプドリア→伊・メッシーナ→鹿島復帰→京都サンガ)
かつては「釜本、カズの後に続く日本のエースになる男」の期待を一身に背負ったはずでした。しかし、今はサッカーファンやメディアから、(大変失礼ながらも)嘲笑の対象になってしまったのは非常に悲しい限り・・・。
その原因としては、持っている星から判断すると、穏やかでお人よしな反面、頑迷で一旦信じ込んだら、それを決して変えようとしない点、根気や向上心がやや不足する上に、「骨折り損のくたびれ儲け」ではないけれど、仕事のミスが普通の人よりも目立ちやすい傾向などがあげられるでしょう。
そして、「過去を大きく壊される」年であった1998年あたりから、「点を取ることが全てじゃない。1対1でも必ずしもシュートを打つ必要がない」を殊更に主張し、固執するようになったのは、その年を境に、自らの得点感覚が衰えていくのを、本人が自覚していたのではとも思います。
2007年は運勢最悪で、なおかつ仕事と地位の大きな変化を余儀なくされる運。それゆえに鹿島退団となってしまいました。今後現役を続けるにしても、文字通り細々とやるしかないかも。2008年は私生活でも離婚の危機が(これは2010年にも)・・・。
引退後は芸術・芸能関係の知り合いや飲み友達とかに、仕事を紹介してもらうとよさそうで、もしサッカーに関わるとしたら、福祉の領域、例えば「身障者サッカー」とかに携わるといいでしょう。
これからも頑張って欲しいですね。
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